【Vol.12】1回休んだら、すべてが終わると思っていた頃の話

こんにちは。大人のADHD・HSP専門コーチの原 登志文(はら としふみ)です。
先週はブログの更新をお休みしました。
「あ、1回止まってしまったな」と思ったとき、私の脳裏には20年ほど前の苦い記憶が静かに蘇っていました。
実は、1回休みを作ってしまうと、そのまま二度と元に戻れなくなってしまう……という経験が、私にはあるのです。
綱渡りの1年半と、たった1回の欠席

20年前、営業の仕事に行き詰まりを感じて「何か別の道を」と思い立った私は、東京にある中医学の専門学校に通い始めました。
隔週の土日、3年間のカリキュラム。私は1年半もの間、1回も休まず全出席を続けていました。周囲から見れば「真面目で熱心な生徒」だったと思います。
しかし、ある日仕事の都合で、どうしても1回だけ欠席せざるを得なくなってしまいました。その「たった1回」の欠席が、当時の私のすべてを狂わせました。
1回休んだ瞬間、それまで保っていたピンと張り詰めた緊張感が、ブツリと切れました。
休んだ1日半の講義を取り戻す作業が、まるでエベレストに登るかのような絶望的な作業に思えたのです。
自分の中の「完全性」が崩れてしまった強烈な違和感と、「元に戻さなきゃ」という焦り。
綱渡りの糸が弾け飛んだような感覚の中で迎えた次の授業の日、私はどうしても出席することができませんでした。
そして2回目の欠席をした瞬間、「もう自分では修復できない。元に戻ることは不可能なんだ」という途方もない諦めに包まれ、私はそのまま二度と学校に行くことなく、退学してしまいました。
「完璧」を求めすぎて、自分で自分を追い詰めていた

ずいぶん後になってから、この背景には自分の認知の特性が深く関係していたのだと知りました。当時はその渦中にいて、文字通り「溺れていた」のだと思います。
■オール・オア・ナッシング(100か0か思考): 「100点(完全)で走れないなら0点(リタイア)にするしかない」という極端な思考パターン。
■刺激への過敏さとプレッシャーの肥大化(HSP/ASD的特性): 休んだ分の遅れや大量の情報量を実際以上に巨大で恐ろしいものとして捉えてしまう。
■実行機能のフリーズと衝動的なリセット(ADHD的特性): 「完璧に取り戻さなければ」という焦りで頭が飽和し、思考停止に陥った結果、その苦しさから逃れるために衝動的にすべてを投げ出してしまう(ゼロリセット)。
以前のブログ(Vol.4)で書いた「試験への恐怖から問題集が開けなくなる」状態も同じです。1回の欠席は単なる引き金に過ぎず、膨大な情報量と自分の完璧主義に呑み込まれてしまっていたのでした。
もしあなたにも、「一度リズムが崩れると一気にやる気を失う」「不完全な状態に耐えられず投げてしまう」といった傾向があるなら、それは努力不足ではなく、脳の思考パターンや特性の現れかもしれません。
『あきらめることを諦める』という境地

そんな私に数年前、ふと湧き上がってきた言葉がありました。
それが、『あきらめることを諦める』でした。
どんな状況になっても構わない。
遅々として進まなくてもいい。
全然上達した感じがしなくてもいい。
途中で途切れてもいいんです。また戻ってきて繋ぎ直せば、それまでの歩みはゼロにはなりません。「綺麗に一本の直線で走り続けること」をあきらめ、途切れる自分をそのまま受け入れ(明らめ)、それでもやめないこと「だけ」を決めました。
歪(いびつ)でも、繋がっていればそれでいい。
先週ブログを休んだとき、一瞬だけ昔の「綱が切れた感覚」がよぎりました。でも、今の私はもう溺れてはいません。
「1回休んだくらいで、これまで書いてきたものが消えるわけじゃない」
「不完全なままでも、また今日から書き始めればいい」
そう思って、今こうしてPCに向かい、Vol.12の文章を打っています。
歪な結び目のままで、一緒に進みませんか?
もしあなたも、何かを途中で止めてしまって「もうダメだ」と自分を責めたり、完璧にできない自分に嫌気がさして投げ出したくなったりしているなら、一度立ち止まってみませんか。
途切れてもいい。不完全でもいい。また戻ってくれば、それも立派な「継続」の続きです。
「いつも極端な思考で疲れてしまう」
「自分の特性とうまく付き合いながら、歩みを止めずに進みたい」
そんな思いを抱えている方は、ぜひ一度セッションであなたの「思考の癖」や「やりたいこと」を一緒に紐解いてみませんか?
完璧な直線を目指すのではなく、あなたらしいペースで歩み続けるためのヒントを、対話を通して見つけていきましょう。お気軽にお声がけくださいね。


